家に帰りたくない子供時代を乗りきった方法

雑記

私が母の連れ子だと知ったのは、小学校4年生の時でした。

なぜ、父親が私だけに当たりが強いのか・なぜ私だけが産まれるはずのない血液型なのか。

今回は家に帰りたくない子供時代をどう乗り切ったかを振り返ろうと思います。

こちらの記事は不快な思いをされるかもしれません。あらかじめご了承ください。

目次

  • 連れ子の事実を知ったときの正直な心境
  • 夜になるのが嫌だった毎日
  • 家に帰らなくなっていった中学生時代
  • それぞれの道
  • 大人になって思うこと
  • まとめ

連れ子の事実を知ったときの正直な心境

前述しましたとおり、なぜ私だけが産まれるはずのない血液型なのかを疑問に思い

祖母に尋ねたことがありました。

私には本当の父親と兄がいることを教えてくれました。

同時に押し入れの奥に隠された写真を観ることも出来ました。

一緒に暮らしていた父親が大嫌いでした。

その事実を知ったときは、自分が嫌いな父親とは無関係の存在なのだとわかってとても喜んだのを覚えています。

夜になるのが嫌だった毎日

夜10時ころになると、父親が帰宅します。

そこからお酒を飲みはじめ、午前2時頃になると父親が部屋にやってきます。

私はいつも一人で眠っていました。

父親の機嫌の良いときはテンションを合わせ、機嫌が悪いときは顔色を伺いながら正解の言葉をさがす。

『バーカ、バーカ』と子供のような文句で罵られる毎日。

なにか賞を取っても『だからどうした?!』と鼻で笑います。

朝の4時頃まで続きます。

 

下に兄弟が3人いました。

兄弟たちは、母親と一緒に眠っています。

大きな声に驚いて母親が起きてくることがありましたが、母親も同じく機嫌を取ることしか出来ませんでした。

私も母親もまるで接待しているかのようです。

 

車で40分くらいの場所に祖母が住んでいました。

行けるときは、いつも泊まりに行きました。

厳しい人ですが私を唯一、守ってくれる存在でした。

小学校5年生にもなると、自転車でも泊まりに行けるようになりました。

田舎で山道ばかりでしたが、体力だけはあったみたいです^^

 

学校は好きでしたので、きちんと毎日行っていました。

唯一、父親の来れない場所だからです。

学校は逃げ場でした。

友達や先生の存在はとても大きかった。

家に帰らなくなっていった中学生時代

中学生になると『胸が大きくなったなー』と言って胸を触ってくるようになりました。

気持ち悪くて、徐々に家に帰らなくなっていきました。

 

祖母の家にもいきますが、ほとんど男友達の家を転々とするようになったのです。

ですが、どこの家にも親がいます。

いい顔はしないのが普通ですよね。

友達の父親に援助交際を迫られたこともありました。

真冬に団地のゴミ捨て場でダンボールにくるまって眠ったこともありました。

食事は万引きを繰り返して摂っていました。(万引きは犯罪です。絶対ダメ!!)

 

中学2年生にもなると友達ともうまくいかなくなり、次第に学校にも行かなくなっていきました。

家にいないので、父親と顔を合わせることもなくなっていきました。

父親がいない時を見計らって家に帰ります。

 

母親は普段どうしているのかというと、仕事をしながらまだ小さい兄弟たちを育てるのに必死です。

私はわりと放置…というか自由でした。

 

中学校3年生になってひとつ大きな出来事がありました。

久しぶりに父親に会い、口論になり兄弟も母親もみんな起きてきました。

みんなの目の前で首を絞められていました。

朝の5時頃。

『誰か助けてー!!』母親は窓を開けて外に向かって叫んでいました。

まだ小学生の弟が勇敢に父親に立ち向かっていきました。

父親がひるんだ隙に、はだしで外に逃げ出ました。

 

兄弟とは、ケンカばかりしていて仲が良かったわけではないです。

当時は父親だけでなく兄弟も母親もみんな嫌いでした。

ですが、このことをきっかけに弟や兄弟に対しての気持ちが変わっていきました。

 

中学卒業のころと同時に、ついに両親が離婚することになり15年間の嫌な夜にもピリオドを迎えることが出来ました。

もちろん親権は母親なのですが、1人で4人も育てていけない。

家も出なければなりませんでした。

施設から高校へ行くか、住み込みで働くかの選択でした。

施設なんか誰が行くか!!と思い、働くことを決めました。

それぞれの道

下の兄弟はみんな施設へ入りました。

お盆やお正月だけ、祖母の家に集まりました。

父親の方の実家をみんなで訪ねたことがあります。

その移動の車の中で、弟に言われました。

あの時は助けられなくてごめんね。

今でも思い出すと涙が出ます。

 

父親の実家に行ったとき、叔母さんから『もう関係ないから来ないでください』と言われました。

離婚しているのだから当然です。

私だけは無関係なのですから。

こんなものなんだなと思いました。

 

そのころ、近くの居酒屋で住み込みで働いていました。

そこに酔った父親が来るようになりましたが、あの頃の威厳はもうありませんでした。

丸々出ていたお腹も、すっかりやせ細り同情すら覚えました。

お金を借りにちょくちょく来るようになりました。

で、私もお金を渡していました。

バカですね、本当に。

大人になって思うこと

子供時代は逃げてばかりで本当に大変でした。

祖母も、あの頃は大変だったとよく言います。

今、その父親が生きているのかすら不明ですが、数年前はスーパーの試食コーナーを回っていると聞いたことがあります。

大変でしたが、普通の人では出来ない経験を積んできました。

親だから完璧とは限らないのです。

 

ですが不思議と、ざまぁみろとは思えないんですよね。

みんなもう大人になり、それぞれ違う人生を送っています。

私自身、もう地元を離れているので会うこともないと思います。

大人になって思うことは【ただただ、悲しい人だった】ということだけです。

 

今でも、当時を思い出しては夢を見てうなされたりもします。

考えて眠れなくなることもあります。

心に傷を負っているのかはわかりませんが、過去は変わらないし思い出しても悲しく思うだけです。

 

父親も…仕事がうまくいってなかったのかもしれない。

自分の子じゃない子供を育てることに、精神的に参っていたのかもしれませんね。

まとめ

家に帰りたくない子供時代を乗り切れた方法とは

  • 家以外に居場所を見つける。(学校や身内の家など)
  • 自分の協力者をさがす。(親がダメなら、祖父母や先生などしっかりしていて立場的にその人物より上のほうが良い)

 

今は相談する窓口もありますので、先生などに聞いてみると連絡先を教えてくれるかもしれません。(当時もあったのかな。)

 

長くなりましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。